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学芸ノートB版2023-5 「そこまで難しくはないけれど、理解するのに多少時間のかかる現代美術の話①  コンセプチュアル・アート(概念美術)って何?」

「ゾウのことを考えるな。で、今、何を考えた?」

クリストファー・ノーラン監督脚本作品『インセプション』(2010)

 

例えば、当館で開催した「鴻池朋子展」(2016年)や「ジパング展」(2012年)、近代美術館での「会田誠展」(2015年)、「ネオテニー展」(2009年)といった現代美術の展覧会を開催すると、よく分からなかったという感想や、誤って解釈されているケースが見受けられます。もちろん、美術作品ですから鑑賞者が自由にどんな受け取り方をしても良いのですが、ある美術作品群の登場を境に、そういった鑑賞方法だけでは対応できない美術作品が登場するようになりました。それが1960年代に始まったコンセプチュアル・アートです。肯定的に言えば、コンセプチュアル・アートの登場は美術の可能性を大きく広げましたが、否定的に言えば、何が何だかまるでわからない、まるで取りつく島もないような、いわゆる「現代美術」を生み出した元凶であると言っても過言ではありません。

事実、コンセプチュアル・アートは、それ以降に誕生した新たな美術思潮の全てに影響を与えることになりました。それは、インスタレーションやポリティカル・アート、シミュレーショニズムといった、作家の思考そのものを作品化するような、コンセプチュアル・アートの直系ともいえる作品群だけでなく、1980年代にニューヨークやベルリン、ローマ、そして東京など、世界の大都市で同時多発的に発生した、一見するとコンセプチュアル・アートとは真逆に位置づけられる、絵画の復権的性格を持っていたニュー・ペインティング作品にもその影響をみることができるのです。従って、コンセプチュアル・アートを理解することは、現代美術に近づくための第一歩と言えるかもしれません。

さて、コンセプチュアル・アーティストの第一人者として知られるジョセフ・コスースは美術作家としても、また美学者としても知られていますが、そのコスースは著作「哲学以後の芸術」(1969)の中で、フォーマリズム芸術、中でもアメリカ抽象表現主義絵画、いわゆるモダニズム絵画を推奨した美術批評家、クレメント・グリンバーグを否定しています。

グリンバーグの推奨するモダニズム絵画とは、「絵画」の純粋性を重視するため、絵画を成立させている最小限の要素である「色」と「形」のみで出来上がっている作品を示しており、目の前にある現実世界=三次元のものを二次元に置き換えるようなイリュージョンを用いた、例えば風景画とか静物画といった作品は含んでいません。

ここで明確にすべき点はコスースが否定したのは、アメリカ抽象表現主義絵画でも、モダニズム絵画でもなく、モダニズム絵画、あるいはそれに準ずる彫刻のみが、美術の本質であると述べるグリンバーグの思想そのものなのです。

コスースは前述の著作の中で、グリンバーグに代表されるフォーマリストたちは絵画の純粋性にこだわるあまり、必然的に伝統的な芸術の形態論に不可避的に繋がり、その芸術が成立する本質を理解しようとしない、しかし、本来、重要なのは芸術の本質を検討することであり、その機能を理解する上で最も重要な概念であると主張しました。一見すると難しそうな話ですが、要は美術作家がアプリオリに絵画や彫刻という形式だけを芸術として受け入れるならば、当然のように、ヨーロッパ芸術の伝統である、絵画と彫刻の二分法だけを美術の本質として容認してしまうことになり、それはたいへん危険なことであると警告しています。

つまり、作家が芸術作品を制作する際に、当たり前のように「絵画」や「彫刻」という形式を選ぶことは、芸術の持つもっと大きな可能性を捨て去ってしまうことと同じであり、コスースの言葉で言うなら、美術を「最小限の創造的営為」に貶め、ひじょうにちっぽけな存在に矮小化してしまうことなのだ、と。またコスースは、フォーマリスト批評家たちは芸術の概念的要素を無視し、それまでの伝統的な作品との類似によってのみ芸術となり得るかどうかを評価している点を指摘、結果として、グリンバーグは「趣味の批評家」であると強く断じ、グリンバーグの絵画批評における、その指針の背後にあるものは彼の趣味による美的判断でしかないとも述べています。そうでなければ、フランク・ステラや、アド・ラインハートと言った一部の作家に対する無関心さが説明できないとさえ述べているのです。

確かに、絵画や彫刻は「美術」に含まれるものですが、美術の一部分にすぎません。絵画や彫刻だけに留まっている限り、それ以外の美術の新たな可能性には目をつむってしまうことになるという考え方は理にかなっているといえるでしょう。だからこそ、絵画や彫刻といった形式にとらわれず、「美術」が成立する本質を考えることこそが重要なのだと説いたコスースは、自身の考えを実践した《一つと三つの椅子》(1964)を発表しました。現在ではコンセプチュアル・アートの古典的代表作と言われている本作ですが、どこからか持ってきた椅子と椅子のパネル写真、そして椅子について辞書で調べた頁をパネル化したもの、3種類で成り立った作品となっており、鑑賞者は自分がいつも何の気なしに使っている椅子というものを、あらためて「椅子って何?」と考え直しを迫られる作品となっています。まさにコスースの思考そのものと言っていいもので、「コンセプチュアル・アート(概念美術)」と呼ばれるようになりました。

本作に代表されるように、多くのコンセプチュアル・アートは自身の考えそのものを、それが仮にどんなくだらない思考であっても、作品として提示しようとすることで成立しています。だから、本人が全く作品制作に関与していないとか、作品の態をなしていないどころの騒ぎではなく、例えば、トム・マリオーニの作品《友人たちとビールを飲む行為は芸術の最高形態である》(1970)では、友人たちと酒を飲んで酔いつぶれるまでの様子を、パフォーマンス作品だと言い張り、飲み終わって放置されたままのビール瓶は重要な展示物だから片付けるなと嘯くのです。

何か残っているのはまだ良い方で、マイケル・アシャーは個展(1974)と称して画廊を借りながらも、事務室と展示室の仕切りをとっただけで何も展示しませんでした。ここではせっかく画廊を訪ねてきたのにも関わらず、空っぽの画廊に戸惑うお客さんや、仕切りがないため、自分の働く様子をそのまま来客にさらさなければならないスタッフの様子が、それぞれの意志とは無関係に、予測不能型のパフォーマンスとして提示されるのです。来館者もスタッフもたまったものではありませんが、このような、一見すると悪ふざけとしか言いようのない作品がたくさん制作されていくことになりました。

さて、もしジョセフ・コスースがグリンバーグを批判しなかったとして、それでもフォーマリストが、何ものにも影響されず、本来の要素以外を排除した純粋性こそモダニズム絵画を成立させていると述べたとしても、現実問題として、制作者である画家が生きている以上、芸術の中立性を意識して、それ以外の要素、例えば、その作家が存在している時代、社会や政治的状況、身の回りの個人的な問題等から完全に脱却して、絵画を制作することが可能かどうか、これはかなり疑問の残るところです。

鬼才クリストファー・ノーラン監督による夢をテーマにした極めて独創的な映画「インセプション」(2010)の一節に「ゾウのことを考えるな」という台詞があります。そう言われると、たちまち頭の中はゾウでいっぱいになってしまうことになるわけですが、同じく、自身が今まさに存在している「現状」から、自身をシャットアウトしようとしても、意識しないようにすればするほど、あるいは否定すればするほど、居直ってしまうのが「現状」なのです。そんな「現状」は意識的・無意識的に関わらず作家に影響を与え、作品にも当然ながら反映されることになります。

そして、ここから重要なのですが、コンセプチュアル・アーティストに転じることになる作家の多くが、自身の作品に直接的に「現状」を反映させていくことになったという点です。これは必ずしもコンセプチュアル・アーティストが意識して当時の社会状況を取り込もうとしたわけではありません。むしろ、あまりにも当時の現状が強烈であったが故に、その意識が「作品」に憑依してしまったと考えることの方が自然と言えるでしょう。

確かに1950年代であれば、アメリカ抽象表現主義の隆盛からもわかるように、主題の受け皿として「絵画」や「彫刻」という様式は充分に機能していたことは事実です。しかし、1960年代にベトナム戦争に突入すると、ベトナム戦争がそれまでのアメリカ社会を根本的に揺るがすことになる大きな出来事であったために、ベトナムで参戦している兵士は勿論、アメリカ国内のどこにいても、前述の「インセプション」の通り、頭から追い払えるものではなく、むしろ否応なく常に意識しなければならないほどの強大な存在となっていったのです。さらに、べトナム戦争への厭世的な意識は、アメリカ経済の原動力である消費社会すらも嫌悪するようになり、大量消費社会の一端を担うことになったアメリカ抽象表現主義作品に代表される、「絵画」あるいは「彫刻」というような形態を持つことで、美術マーケットに飲み込まれてしまわないように、決して売買されるような形態を持たない作品が主流となっていくことになりました。

従って、コンセプチュアル・アートに端を発する現代美術の多くは、その作品が制作された時代背景や社会に多くを負っています。逆に言えば、その作品が誕生した時代に何があったのかを把握していないと、その作品の本質に近づくことさえできません。もし、皆さんが現代美術に接した時に、その作品を理解できないとしたら、それは決して皆さんが悪いわけではありません。作品が誕生した時代を共有していないからです。理解できない作品に遭遇した時、その作品の制作年を眺めて、その時代にこの作家がいた場所で何があったのかを調べてみること、それが作品を理解する近道となります。

ただ、あくまでも理解であり、それまでの美術作品のように感動するという感覚とは異なるという点は考慮しておく必要があります。コンセプチュアル・アート以前と以降では鑑賞の方法まで変えてしまったのです。とは言え、以降の作品であっても、その作品に感銘や感動を受ける鑑賞者もまた存在します。それは、作品が作られた同時代や同様の経験を共有している鑑賞者がそれにあたります。これらの鑑賞者は同一経験、同一時代を共有していることにより、作品から発せられた情報、それを「コード」と呼ぶこともありますが、それを受信できる体制が自身の中に出来上がっているからです。結果として、もし、その体制が自身にないのであれば、作品の制作された時代や背景を調べるしかありません。作品に対する純粋な感動を得ることは稀ですが、何故、このような作品が制作されたのか理解することはできます。コンセプチュアル・アートに端を発した「現代美術」を愉しむというのは、こういうことから始めるしかありません。現代美術作家である村上隆氏は「現代美術は難しい思考ゲームなので学べる人間は学んでくれ」*と明確に主張しています。

さて、ベトナム戦争のような世界中に知られるような大きな出来事であれば、その時代や社会背景を共有するのはそれほど難しくないかもしれません。しかし、現代美術作家もまた1人の人間です。だから、その作家が日本から遠く離れた国の人だったり、その作品制作の背景があまりにも個人的な体験に基づくものであったり、という場合には、簡単にはそのコードを受信できない可能性も当然あり得ます。しかし、フランスの哲学者クロード=レヴィ・ストロースは自身が考える「構造主義」の中で、この世界には目に見えない構造があり、それは誰にも意識されてはいなくても、知らず知らずのうちに我々に影響を及ぼしていると示唆しています。この考えを演繹的に用いるのであれば、どんな地域のどんな民族であったとしても、その社会生活の中では世界共通の決められた制約がある筈で、その考えを援用するのであれば、どんな作品であっても、ある程度、調べるだけでも、基本的なコードについては理解することは可能なのではないかと考えます。まずは、調べることから始めてみましょう。理解するのはその後からでも遅くありません。

 

(新潟県立万代島美術館・館長 藤田裕彦)

 

*座談会 文化庁メディア芸術祭シンポジウム「ジャパン・コンテンツとしてのコンテンポラリーアート-ジャパニーズ・ネオ・ポップ・リヴィジテッド」

中原浩大×村上隆×ヤノベケンジ」『美術手帖』2014年4月 p100