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学芸ノートB版 2023-6 「開館20周年を振り返る③ 〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の想い出 前編」

新潟県立近代美術館が誕生するその前年にあたる1992年、教育普及事業の一環として、定期的な映画鑑賞会が計画されていました。とは言え、美術館開館業務と恒常的な運営業務に馴れるまでは定期的な映画鑑賞会は困難だろうということで、正式に映画鑑賞会が始まったのは開館2年後の1995年からでした。

その頃は、新潟県内から映画館が少しずつ無くなりはじめた時期と重なっており、長岡市に至っては、映画館は全部なくなっている状況でした。そのためか、映画鑑賞会を行う近代美術館の講堂を新しい映画館として認識してもらうおうと、展覧会業務も軌道に乗ったこともあり、随分と張り切って本業務に打ち込んでいた記憶があります。私のどこかで1988年に大ヒットしたイタリア映画〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の、シチリア島の映画館に重ね合わせていたのかもしれません。

とは言え、スタッフは私ともう1人の学芸員、現在の近代美術館の桐原館長ですが、この2人だけ。この2人だけで、限られた予算の中でプログラムを考えるところから、フィルム借用交渉、配布物の作成、そして16mmフィルムの上映まで全てを行っていました。現在ではもっと扱いの簡単なDVDやブルーレイ等にとって代わられてしまいましたが、1990年代はまだ16mmフィルムによる上映が主流で、担当2人はこの16mmフィルムを扱うための資格まで取りに行きました。現在もこの16mmフィルム映写機2台は講堂後ろにそのまま残っていて、その大きな図体はかつての存在感を誇っています。

さて、1995年にはじまった映画鑑賞会ですが、単に映画を上映するというのでは意味がない。明確に「映画鑑賞会」と題しているのだから、一応、映画のカテゴリーの枠組みを考えて、そして、何故この映画を上映するのかを我々で前説しようということになりました。そうやって出来たカテゴリーは「親子で楽しむ作品」「実験映画」「巨匠の名画」「Art Documentary」「展覧会関連企画」等です。「展覧会関連企画」は必ずしもぴったりの映画が無い時もありますので、そういう年は無理に上映しないことにしました。

そして1995年8月19日、映画鑑賞会がスタートしました。第1回作品は「親子で楽しむ作品」と題して、ジョン・タートルトーブ監督作品〈クール・ランニング〉(1993)を選びました。シルベスター・スタローン主演の山岳アクション映画〈クリフハンガー〉(1993)で悪役を演じていたレオン以外、出演者はあまり知られていない役者さんばかりの本作ですが、南国ジャマイカのボブスレーチームが1988年の冬季オリンピックに出場した実話を基にしていて、設定からもお分かりの通り、笑いあり涙ありの、本当に親子で楽しめる映画でした。当時の総務課の職員が近所の子供たちに声をかけてくれたこともあり、大勢の子供たちに来ていただきました。ただ、何故この映画になったのか、今でははっきり覚えていません。前年の1994年にリレハンメル・オリンピックが開催され、翌1996年にアトランタ・オリンピックが予定されていたからかもしれません。

第2回は「実験映画」で『動きの魔法・映画誕生100年』と題して、短編の実験映画13本を上映しました。この中にはシュルレアリスム作家、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品も含まれていました。アンケートでも好評だったことから翌年、「幻魔の巨人 ヤン・シュヴァンクマイエルのワンダーランド」と題して、〈シュヴァルツェヴァルト氏とエドガー氏の最後のトリック〉や〈アッシャー家の崩壊〉、〈部屋〉等、7本を上映しました。特に〈部屋〉は一部に大ファンのいる作品で、『ジョジョの奇妙な冒険』で知られる荒木飛呂彦氏の某短編にも影響を与えています。以降、実験映画のセクションは有名な監督ではなくても、この映画鑑賞会でなければ見られないという認識が生まれ、決まった来館者に参加頂けるようになりました。

そして、第3回はこれも看板シリーズとなった「巨匠の名画」です。誰もが知っている監督の代表作を大画面で紹介することを目的に始めました。そのスタートとして小津安二郎〈東京物語〉(1953)と黒澤明の〈椿三十郎〉(1962)を上映しました。この二本立てに際して、当時の副館長から、何故〈用心棒〉(1961)でなく〈椿三十郎〉なのか、と聞かれたことを思い出します。ご承知の通り、〈用心棒〉の続編にあたるのが〈椿三十郎〉ですので、順番から言えば正編の〈用心棒〉からというのがセオリーです。しかし、美術館の映画鑑賞会と言えども、興業であることには違いありません。どうせ上映するなら、なるべく大勢の方々にみてもらいたいと、不思議と熱が入ってしまいました。

まず、小津安二郎の代表作と言えば、いろいろあるけれど〈東京物語〉を選ぶのは妥当なところです。黒澤の代表作は〈七人の侍〉がまず挙げられますが、これは3時間を超える大作なので二本立てには不向きです。120分以内でと言えば〈用心棒〉か、その続編の〈椿三十郎〉ということになります。とは言え、この2作のテイストは随分と違っていて、「用心棒」が余白を感じさせないクールな構成になっているのに対して(ハードボイルド作家の嚆矢と言われるダシール・ハメットのコンチネンタル・オプ(コンチネンタル社の探偵の意)物の第1作『血の収穫』が元になっており、こちらの主人公も本名は明かされていません)、〈椿三十郎〉は多分にコミカルな要素が加わっています。こちらの原作が山本周五郎なので、その影響もあってか、ところどころ笑ってしまうシーンもあり、〈東京物語〉との相性がよさそうです。

そして、〈東京物語〉では何と言っても、原節子が演じる紀子の清楚な美しさと優しさに圧倒されますが、〈用心棒〉には原節子に匹敵するような印象的な女優はでてきません。そこへいくと〈椿三十郎〉では、自身が今どんな危機的状況にいるのかもものともせず、敵味方関係なくその優しい人柄で大らかに包み込む、入江たか子演じる奥方・陸田夫人が素晴らしく、三船敏郎演じる強面の椿三十郎ですら、頭があがりません。ここは女優のバランスも考慮してこの二本立てとなりました。結果は大成功。立ち見も含めて200名ほどの入場者がありました。今とは違い、その当時〈東京物語〉はソフト化されていなかったことも理由としてはありますが、プログラムを考えた我々にとっても嬉しいことでした。

 

新潟県立万代島美術館・館長 藤田裕彦

「開館20周年を振り返る③〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の想い出」中編につづく