学芸ノートB版 2023-4「「糸で描く物語」を振り返って ワークショップとその後」

今年5月から7月にかけて当館で開催した「糸で描く物語 刺繡と、絵と、ファッションと。」は、巡回会場の静岡県立美術館での展示も終え、一区切りとなりました。新型コロナ禍の横須賀美術館で始まった本展は、当館と静岡での展示に際して、一部展示作品が追加されました。さらに当館では、所蔵作家である秋山さやかさんによる新潟モティーフの刺繍作品と、地場の繊維産業である亀田縞と五泉ニットを紹介する特別コーナーを設け、新潟色を(ほんの少し)濃くした展覧会となりました。

さて、秋山さんはさまざまな土地を旅しながら制作を続けている作家です。訪れた土地を歩き、その道のりを、色とりどりの糸とそれぞれの場所で見つけたものを使って、地図に縫いつけていく作品があり、当館が所蔵する《あるく 私の生活基本形 千秋・長岡 2009年6月20日~28日》(図1)も、長岡に滞在された際に制作されたそうした作品の一つです。今回の展覧会では、この当館所蔵作品に加え、2010年の新潟市内滞在時の作品をあわせて展示しました。(図2)

(図1) 秋山さやか≪あるく 私の生活基本形 千秋・長岡 2009年6月20日~28日≫新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵

 (図2) 会場の様子

さらに、秋山さんに2010年以来久しぶりに来県いただき、会期中に親子向けのワークショップおよび公開制作を行いました。前置きがずいぶん長くなりましたが、ここでは、このイベントの様子とその後日談をご紹介したいと思います。
ワークショップ「『私達のまち』の地図を作ろう」について、秋山さんは下記のようなステートメントを寄せてくださいました。

コロナ禍で自由に出掛けられなかった時、きっと誰しも空想の旅をしたのでは?しかしそれは、頭の中やゲームやネット上までで終わっていたと思う。
今回は、空想の先へ進んで「実際のかたち」にしてゆく。みんなで考えながら1つの「まち」を作り、地図に描き起こして、そこに住んでみよう。

ワークショップのプログラムは午前と午後の2部制で、1日かけて参加者とともに大きな紙いっぱいに地図を描くものでした。まず午前中は、「まちづくり会議」。参加者みんなで今ハマっているものをだしあいながら、自分の代わりにまちに住む「住民キャラクター」を考えました。アイドルが大好きな「オタクちゃん」、カフェ巡りが趣味の「ポットさん」などなど、個性豊かな住民が集まる「まち」のイメージが膨らみます。

午後はいよいよ「地図」作りです。午前中に考えた住民キャラクターが住む「まち」の地図を作っていきます。展覧会にもご協力いただいた亀田縞と五泉ニットのみなさんが提供してくださった端切れ布や毛糸を使って、自分のおうちを作るところからスタート。予想以上に大型化していく地図は途中で紙を追加するほどで、みなさん豊富な素材に触発されてか、熱中して制作に取り組む姿が印象的でした。おうちのほか、スーパーマーケットやCDショップ、公園、カフェ、バーなどが次々と出来上がり、それぞれの住民キャラクターの性格を反映した、とてもにぎやかな「ゆめのまち」が完成しました。


(図3) ワークショップの様子:まちづくり会議


(図4) ワークショップの様子:地図づくり

翌日からは、秋山さんが旅人となってこの「まち」を「あるく」公開制作を実施。展覧会出品作品同様、作家の歩いた道のりが、地図の上に刺繍されていきました。新潟で実際に滞在されていたホテルを出発(図5左下)、住民全員のおうちを一軒一軒訪問し、新潟空港から旅立たれていく(図5右下)道程です。完成した作品は会期中、ロビーに展示していたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

(図5) 完成した作品「ゆめのまち」の地図


(図6) 完成した作品「ゆめのまち」の地図


(図7) 完成した作品「ゆめのまち」の地図

 

展覧会終了後、この作品を参加者のみなさんにお返しするため、地図をカットしていく「切り分け式」を行いました。どこまでの土地をどの住人に渡すのか、秋山さんとリモートでつないで相談しながら、地図にはさみを入れていきます。切り分けた土地(地図のピース)は、参加者である「ゆめのまち」の住人たちのもとに無事渡っていきました。参加者みなさんの思い出として、大切にしていただければうれしいです。

(図8) 「切り分け式」の様子

主任学芸員 松本奈穂子