学芸ノートB版 2024-1「亀倉雄策が愛したイッタラ作品」

昨年秋に当館で開催した「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」(2023年10月7日~12月10日)では、フィンランドのライフスタイルブランド「イッタラ」の140年の歴史を振り返りながら、同社がこれまでに生み出した作品を通して、デザイナーや職人たちの仕事を多角的にご紹介しました。その最後のコーナーで、新潟会場の特別企画として当館所蔵の「亀倉雄策コレクション」からイッタラ社関連の作品を厳選し、亀倉自身がそれらについて紹介している雑誌の記事や、実際に愛用していたことがわかる写真資料などとあわせて展示しました。

新潟会場 特別展示「亀倉雄策コレクションのイッタラ作品」展示風景

そこでもご紹介したように、亀倉は自らが買い集めた工芸作品やテーブルウェアを自宅やオフィスで日常的に使用していただけでなく、それらの魅力をエッセイで紹介するなど、自身のコレクションに対する愛着を惜しげもなく披露していました。本稿では、展示を準備する中で新たに判明した作品情報を踏まえながら、亀倉の残した文章から彼がイッタラ作品やフィンランド・デザインのどのような点に魅了されていたのかを、その言葉から振り返りたいと思います。

 

ルート・ブリュックの《蝶》―限りない詩情を感じて

戦後、デザインの国際舞台で注目を集めるようになる北欧諸国の中でも、フィンランドはミラノトリエンナーレをはじめ、数々の国際展でジャンル横断的にグランプリを獲得し、一躍世界のデザイン界を席巻しました。

亀倉雄策が北欧の作品を収集し始めた時期は定かではありませんが、彼のコレクションの中で購入経緯が明らかなのはルート・ブリュックの作品です。ブリュックはアラビア製陶所・美術部門のアーティストで、当館でも2020年に個展「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」を開催しています。1958年にブリュッセル万国博覧会を訪れた亀倉は、タピオ・ヴィルカラが設計したフィンランド館の壁面をブリュックの《蝶》たちが飾っているのを目にしました[註1]。その後、ヘルシンキを旅行した際にアラビアのショールームを訪れ、店員にブリュック作品の購入を懇願したところ、作家に直接連絡してもらえたおかげで、彼女の手元に残っていた5点の《蝶》を手に入れることができたのでした。
さらに1964年、ニューヨーク万国博覧会の日本館の展示デザインのために現地に1カ月半滞在していた際に、北欧デザイン専門店のショーウィンドウに飾られていた《蝶》1点を偶然発見し追加で購入したことにより、6点の《蝶》が亀倉のコレクションとなりました。1986年のエッセイで、亀倉はブリュックの《蝶》について次のように記しています。

「(ブリュックの蝶は)みればみる程、味わい深く親しみと限りない詩情を感じて、私のいろいろのコレクションのなかでも、ひときわ好きなもののひとつだ。」(「ルット・ブレークの蝶」『インテリアスペース』No.1、1986年7月号)

 

亀倉は1983年に制作した代表作のポスター《ヒロシマアピールズ 1983》を、「美しいたくさんの蝶が燃えながら落下するという幻想的な情景で表現」しています。彼はピースポスターについて、「ひとひらの詩情とひとすじのドラマがなければならない」(「ピースポスターについて・ひとひらの詩情とひとすじのドラマ」『亀倉雄策の直言飛行』六耀社、1991年、115頁)と語っており、それを表現するために儚く燃え落ちる蝶のイラストが最も適していると考えたのでした。

実は、「亀倉雄策コレクション」には鳥と蝶を主題にした図鑑やオブジェが多く含まれており、彼自身の作品にもしばしば登場していることから、蝶がお気に入りのモチーフの一つであったことは間違いありません。そうした中でも、「限りない詩情」を感じたブリュックの蝶と、「ひとひらの詩情」を表現した燃え落ちる蝶—2つの蝶に感じた魅力は、どこか相通じているように感じられます。

亀倉はブリュックの《蝶》を雑誌などで何度も取り上げていることからも、彼にとっていかに特別な作品だったかがわかりますが、そこに感じた「詩情」こそが最大の魅力だったという訳です。

ルート・ブリュック《蝶》とウラ・プロコッペの《蜜蜂の蓋付きジャー》展示風景

 

フィンランド・デザインの魅力

『婦人画報』(1959年)に掲載された亀倉雄策による連載記事「くらしのデザイン」では、彼自身の審美眼で買い集められた北欧の家具や工芸品が紹介されていますが、イッタラ社関連の作品としてはブリュックの《蝶》シリーズのほか、カイ・フランクとサーラ・ホペアの花器や、同じくフランクのピッチャーとグラスのセットが図版付きで紹介されています。その中の記事の1つ、「フィンランドのガラス工芸」(『婦人画報』1959年5月号)で、亀倉は次のように記しています。

「(口絵の花器を指して)一輪ざしといっても何も花を入れる必要はない。きれいな鳥の羽根でもよいし、あるいは何も入れずに壺だけぽつんと置いても、充分住む人たちに話しかけてくる。フィンランドのガラス工芸は話しかけてくるような親しみのある暖かい作品である。」

 

そのような親しみや温もりのある作品だからこそ、彼はこれらを自宅でも飾って楽しんでいたのでしょう。別の雑誌記事では、自宅で使用している食器について、自宅ダイニングルームの写真とともに紹介していますが、そこで取り上げられている食器もまたイッタラ社のアラビア製陶器でした。

「私は、アラビアのディナーセットが好きだ。(中略)皿やカップの肉厚や重さが、なんともいえぬ人間のぬくもりが感じられる。」(亀倉雄策「Styling Eyes 蜜蜂のボンボン入れ」『STYLING INTERNATIONAL』No.8、1986年、36頁)

「食器はほとんどフィンランドのアラビア製で、厚みも、重さも大好きである。(中略)この皿を使用していると他のものはひ弱な感じで頼りない。」(亀倉雄策「私のテーブルセッティング」『家庭画報』1974年10月号)

「アラビアのコーヒー茶碗で、私は毎朝コーヒーを飲む。茶碗の肉厚がいいし、指にかかる重さもいい。(中略)皿なんか見事な程、安定感があり、どっしりしている。そして太い色の線が皿のふちにつけられていて、それに適合するような彫刻的とでもいうような強い立体感がある。」(亀倉雄策「随筆 洋食器の選択」『新女性百科 器と調理具(8)』1978年12月)

 

これらの記事や写真で取り上げている亀倉お気に入りの食器とは、茶一色による大胆で素朴な花柄とシンプルなラインのデザインのもので、アラビアのデザイナー、ウラ・プロコッペによる「ロスマリン」シリーズ(1960-70年代に製作)です[註2]。フィンランド語でローズマリーを意味するこのシリーズは手彩色による絵付けで、そのためより温かみが感じられるのでしょう。亀倉が述べている素朴で温もりのあるデザインと実用的な形状は、まさにアラビア陶器が多くの人に愛される理由でもあります。

 

亀倉はもう1点、同じプロコッペによるボンボン入れ、《蜜蜂の蓋付きジャー》を雑誌で取り上げていますが、デザインの面白さに加えて、ここでもやはり「ぬくもり」がその魅力として挙げられています。

「蜜蜂が並んでいるデザインが面白い。蜂の黄色い部分が生き生きとしている。しかも全体の壺の形もいいし、ふたのつまみもよく出来ている。とにかく、しっかりとした形態で、陶器としての厚みも申し分がない。第一格調が高く、決して安っぽくないのがすばらしい。(中略)アラビアの陶器は量産が主たる目的だが、しかし製品をみると人間のぬくもりの感触が、かならず保護されている。」(亀倉雄策「Styling Eyes 蜜蜂のボンボン入れ」『STYLING INTERNATIONAL』No.8、1986年、36頁)

 

いずれの記事にもプロコッペの名前が出てきていないことから、先のルート・ブリュックとは対照的に、誰がデザインしたのかは知らずに購入したのでしょう。そのことは、亀倉がプロコッペの感性に直感的に惹かれたことを示唆しています。

 

亀倉は日常生活にそれらを取り入れ楽しむことで、フィンランド・デザインの魅力であるシンプルなデザインと温もりを享受していました。皆さんもお気に入りの作品を日常生活に取り入れて、感性の満たされる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

(専門学芸員 濱田真由美)

 

[註1] 1959年の記事(「フィンランドの蝶」『婦人画報』1959年7月号)では、前年のブリュッセル万博でブリュックの《蝶》を見たとあるが、後年の記事(「ルット・ブレークの蝶」『インテリアスペース』No.1、1986年7月号)では記憶が曖昧になったのか、ヘルシンキで初めて見て虜になったと記されている。
[註2] 亀倉愛用のプロコッペの「ロスマリン」は、当館の「亀倉コレクション」には含まれていない。