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学芸ノートB版 2023-8 「開館20周年を振り返る⑤ 〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の想い出 後編」

1997年も同じく6作。全体的に2傾向に明確化され、アート系作品と名作を上映しています。アート系では「アムステルダム市立美術館コレクション展」関連企画として〈ニューペインティングの旗手たち-1980年代の6人の画家〉や「アートドキュメンタリー」として〈ボルタンスキーを探して〉等を上映しました。「名作!!」では〈市民ケーン〉(1941)、「巨匠の名画」では〈人情紙風船〉(1937)と〈浮雲〉(1955)の二本立てを上映。特にこの二本立ては、当時ではまさに、この映画鑑賞会でなければ見られない映画でした。〈人情紙風船〉は山中貞夫監督の遺作であると同時に、フィルムがまともに残っている山中作品の一つであり、チャンバラのない時代劇映画でもありました。〈浮雲〉は成瀬巳喜男監督の代表作で、高峰秀子が主演を務めています。本作以降、気に入ったのか、高峰は成瀬作品に数多く主演するようになりました。なお、チーフ監督を岡本喜八が務めていたというのも有名な話です。

1998年も6本上映しましたが、この年は今までとは趣向を変えた「アートドキュメンタリー」が注目を集めました。上映作品は〈LET IT BE〉(1970)です。言わずと知れたザ・ビートルズのドキュメンタリーで、アップル社屋上でのコンサートによるラストシーンが感動的です。2019年に〈ロード・オブ・ザ・リング〉三部作で知られるピーター・ジャクソン監督の手により、この時の様子を含む60時間のフィルムから3部構成全8時間による長編ドキュメンタリー「ザ・ビートルズ: Get Back」を制作、こちらはソフト化されましたが、オリジナルの〈Let It Be〉は未だに国内版はソフト化されていません。テレビ放映も1984年の深夜に特別枠でSONYの一社提供によりノーカット、途中CM無しで放映されたのが最後となっています。従って、1998年当時でも幻の作品扱いだったのですが、どういうわけか16mmレンタルフィルムリストには普通に掲載されていました。レンタル料も2万円程度でしたので上映することができたわけですが、今までとは異なる方々においで頂き、新しい来館者層を開拓することができました。現在、当たり前のようにサブカルチャーも美術館で紹介されるようになりましたが、この時代からその礎が出来つつあったのかもしれません。何故、「アートドキュメンタリー」の枠組みでビートルズをというようなクレームは一切ありませんでしたから。逆に、いつも好評の「名作!!」ではジャン・ルノワール監督の〈大いなる幻影〉(1937)を取り上げましたが、新年を迎えたばかりの1月9日が上映日だったこともあり、新年早々、収容所を舞台にした本作はいくらジャン・ギャバン主演とは言え、やはり人気がなく20名に留まりました。「巨匠の名画」は〈王将〉(1948)と〈丹下左膳〉(1953)の二本立てです。〈王将〉は伊藤大輔監督で坂妻こと坂東妻三郎が坂田三吉を演じている大映作品です。〈丹下左膳〉は人気のある題材で何度も映画化されていますが、「巨匠の名画」ということで、マキノ雅弘監督、大河内傅次郎主演作を選んでいます。いずれも安定した人気でしたが、さすがに時代が古くなりそれぞれ60名ずつの鑑賞者でした。

1999年の映画鑑賞会で特筆すべきはやはり展覧会関連企画として中国映画特集で上映した〈秦俑(しんよう)/テラコッタ・ウォリアー〉でしょう。本作は中国映画の第五世代として知られ、〈紅いコーリャン〉(1987)、〈菊豆〉(1990)、〈単騎、千里を走る〉を監督したチャン・イーモウと当時パートナーでイーモウ監督の諸作の他、〈始皇帝暗殺〉(1998)、〈マイアミ・バイス〉(2006)に出演していたコン・リーが出演しています。珍しくチャン・イーモウは出演のみで、〈チャイニーズ・ゴースト・ストーリー〉三部作(1987/1990/1991)で知られるチウ・シウトンが監督を務めています。「秦俑」とは秦時代に作られた「俑(=人形)」、つまり「兵馬俑」を意味します。始皇帝の有能な兵士でしたが、禁断の愛に堕ちたことで始皇帝の怒りを買い、兵馬俑に生きたまま塗り込められたチャン・イーモウが秘薬で不老長寿となり、また悲恋となった女性も輪廻転生を繰り返しながら、時間を超越して出会うというスペクタクル作品です。ただ、スタッフの多くは香港映画界出身で、サービス精神に溢れていたせいか、中国三千年の歴史を感じさせる美しい文芸ロマンではじまり、時代が変わると途端にベタなコメディになり、さらに、秦の兵士がジェット機と対決するという前代未聞のアクションが展開、今、何を見せられているんだろうと思わずにはいられない、ありとあらゆる娯楽要素を詰め込んだ作品に仕上がっていました。それでいてテーマは一貫しており、兵馬俑誕生の秘密に始まり、中国陝西省西安市にある始皇帝兵馬俑博物館で終わるという本作は、兵馬俑発見で知られる陝西省と新潟県との文化交流促進を記念に開催した「中国の正倉院 法門寺地下宮殿の秘宝『唐皇帝からの贈り物』展」開催に最もふさわしい映画であり、その意味では展覧会をご覧になられて、そのまま映画鑑賞会に参加するという方が最も多かった作品でもありました。ところが、日本では1990年の東京ファンタスティック映画祭でお披露目されたものの、ごく限られた場所でしか上映されておらず、ビデオ化されたもののすぐに絶版となり、その後、DVD化もされなかったため、現在ではほとんどみるチャンスのない映画と言ってもよいでしょう。映画のために圧倒的な物量を費やした壮大な映画であり、私ももう一度見たい作品です。本作はこの展覧会の関係機関の伝手をたどって借用に漕ぎつけました。因みに陝西省はトキの生息地としても知られており、ほぼ同時期に新潟県はトキの「友友」(ヨウヨウ)と「洋洋」(ヤンヤン)を贈呈して頂きました。

さて、映画鑑賞会が軌道にのって5年後の2000年の10月、私に近代美術館学芸課と新美術館開設準備班との兼務の内示が出されました。2003年夏に新潟市万代島で開館する美術館のオープニングスタッフとなったわけで、2001年4月1日には新潟県庁内に設置する新美術館準備室への異動が決まったことになります。ということは、私の担当する映画鑑賞会は2001年3月が最後となるわけです。この「最後」というのはあくまでも私個人のことであり、2001年4月以降も新たなスタッフによる映画鑑賞会は続いていくことになります。とは言え、一時代を築いた映画鑑賞会に節目として、一度ピリオドを打つような映画を上映したいと考えました。何を上映すべきかは、あっという間に決まりました。映画鑑賞会をはじめる時に意識した名画、それはジュセッペ・トルナトーレ監督〈ニュー・シネマ・パラダイス〉でした。映画鑑賞会をはじめる時に本作のイメージをもっていた私にとっては、私の最後の上映を締めくくるにふさわしい映画は他にありませんでした。前述の通り、映画鑑賞会がはじまる頃より映画館は少なくなりつつありましたが、2000年代に入るとより拍車がかかり新潟市内の映画館も軒並み姿を消しつつありました。事実、映画鑑賞会のために16mmフィルムを借用していた会社も映画館をいくつか経営していましたがこちらも閉館しています。本作の上映にはそういった想いも重なっていたような気がします。そうして迎えた2001年2月18日、映画鑑賞会は通常土曜日開催でしたが、この時だけは日曜日に上映し、115名の入場者がありました。

〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の哀愁に満ちたエンニオ・モリコーネによるスコアは誰にでも親しまれるメロディラインを持っているせいか、時折、ノスタルジックな映像をはじめとして、さまざまなシーンで使用されることが多くあります。私にとって、このスコアは〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の本編以上に、近代美術館の映画鑑賞会を担当していたこの時期の事を真っ先に思い出すのです。

 

新潟県立万代島美術館・館長 藤田裕彦

 

 

《参考》1995-2000年の映画鑑賞会上映作品一覧

1995年度

 

①親子で楽しむ『クール・ランニング』(8/19)

②実験映画 動きの魔法-映画誕生100年『楽しい映像の世界』(9/9)

③巨匠の名画・小津安二郎と黒澤明『東京物語』『椿三十郎』(10/14)

④展覧会関連企画『カリガリ博士』『メトロポリス』(3/9)

*「表現主義彫刻」展開催記念・表現主義の映画

1996年度 ①親子で楽しむ『がんばれ!ベアーズ』(5/11)

②実験映画 動きの魔法-不条理の世界

『幻魔の巨人 ヤン・シュヴァンクマイエルのワンダーランド』(7/13)

③アートドキュメンタリー・芸術の世界『マネーマン Money Man』(9/14)

④展覧会関連企画・50年代再考『ゴジラ(1954年度版)』(11/9)

⑤名作!!『ローマの休日』(1/11)

⑥巨匠の名画・溝口健二『雨月物語』(3/8)

1997年度 ①展覧会関連企画

『ニューペインティングの旗手たち-1980年代の6人の画家』(6/14)

②アートドキュメンタリー・芸術の世界

『ボルタンスキーを探して A La Recherche de Christian B.』(7/12)

③実験映画 動きの魔法

『ジョルジュ・シュウィツゲーベルの世界』『遠くを見れない男』(8/9)

④名作!!『市民ケーン』(1/10)

⑤巨匠の名画・山中貞夫と成瀬巳喜男『人情紙風船』『浮雲』(2/14)

⑥親子で楽しむ『101』

1998年度 ①開館5周年記念 子供向映画鑑賞会『がんばれ!スヌーピー』(7/18)

②アートドキュメンタリー・芸術の世界

『レット・イット・ビー Let It Be』(8/8)

③国際アニメーションフェスティバル 特別プログラム上映会(9/12)

④実験映画 動きの魔法『Film before Film』

⑤名作!!『大いなる幻影』(2/13)

⑥巨匠の名画・伊藤大輔とマキノ雅弘『王将』『丹下左膳』(2/13)

⑦映画は愉し『用心棒』(3/13)

1999年度

 

 

 

 

 

①展覧会関連企画『巴里の屋根の下』(9/11)

*オランジュリー美術館展開催記念・パリと映画

②展覧会関連企画『秦俑/テラコッタ・ウォリアー』(10/10)

『愛戀花火』(10/16)

*「中国の正倉院 法門寺地下宮殿の秘宝 唐皇帝からの贈り物展」開催記念・中国映画特集

③アートドキュメンタリー・芸術の世界

『川俣正 KAWAMATA PROJECT』(11/13)

④名作!! 黒澤明監督作品『天国と地獄』(1/8)

⑤巨匠の名画・内田吐夢『人生飛車角と吉良常』(2/13)

2000年度 ①アルフレッド・ヒッチコック作品『サイコ』(10/14)

②実験映画 ヤン・シュヴァンクマイエル監督作品『ファウスト』(11/11)

③展覧会関連企画 「アンリ・カルティエ=ブレッソン 疑問符」(12/9)

*「写真の世紀展」開催記念

④名作!!『マルタの鷹』(1/13)

⑤巨匠の名画・三隈研次『斬る』(2/10)

⑥『ニュー・シネマ・パラダイス』(3/18)