学芸ノートB版 2023-7 「開館20周年を振り返る④ 〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の想い出 中編」
映画鑑賞会初年度最後の上映は「表現主義彫刻 ドイツ現代美術のプロローグ1890-1920」の開催に併せて、「表現主義」と言えば鉄板である〈カリガリ博士〉(1920)と〈メトロポリス〉(1927)との2本立て構成にしました。〈カリガリ博士〉はロベルト・ヴィ―ネ監督による連続殺人を描いた犯罪映画ですが、そのストーリーよりも表現主義画家が担当した、ほぼ全てのシーンで使われている平衡感覚が狂った歪んだセットが有名で、役者のオーバーアクトと相まって悪夢のような独特な世界が展開されます。以降、本作の影響を受けていないフィルム・ノワール作品はないと言ってもよく、アルフレッド・ヒッチコックもその1人と言われています。
さて、もともと〈カリガリ博士〉の監督をオファーされたのがフリッツ・ラングで、この監督の代表作が近未来SF映画である〈メトロポリス〉です。本作に登場するロボット、マリアが〈スターウォーズ〉(1977)のC3POのデザインに流用されたり、QUEENの「Radio GaGa」(1984)のPVに本作の一部がそのまま使われるなど、本作は多くのクリエイターに影響を与えています。その1人がジョルジオ・モロダーです。ディスコ音楽プロデューサーとして多くのアーテイストに楽曲を提供、その後、映画音楽家として頭角を現し、〈フラッシュダンス〉(1983)や〈スカーフェイス〉(1983)、そして〈トップガン〉(1986)の挿入曲「デンジャー・ゾーン」や「愛は吐息のように」(1986年アカデミー賞受賞曲)等を手掛け、1980年代には一時代を築きました。
彼は〈メトロポリス〉を再編集した上でカラー化、さらにサウンドトラックにはフレディ・マーキュリーやボニー・タイラー、パット・ベネター等を起用した〈メトロポリス〉(1984)をプロデュースしています。私自身が初めてみた本作もこのヴァージョンでした。本来、オリジナルに手を加えるべきではありませんが、本作は1927年の公開当時から勝手に再編集がなされており、オリジナルフィルムも欠損が激しく、長い間、短縮版しか見ることができませんでした。モロダーは欠落部分も探したり、補ったりして、1984年当時としてはオリジナルに近いヴァージョンを作り上げたということで批判は少なく、むしろ、ロック音楽との相性も抜群で、意外と違和感がなかったことを覚えています。
尚、2000年代に入ると欠落部分が次々に発見されるようになり、現在では2時間半のヴァージョンも観ることが可能となりましたが、1995年当時に借用できたのは短縮版しかなく、その上、サウンドトラックは大時代的な音声そのままでしたから、時代的な古さは隠しようがありません。ところが、「表現主義彫刻」展を見に来た来館者には大好評で、サイレント映画ではありましたが、長岡の3月9日というまだ雪深い寒い時期での上映にも関わらず、約120名の方に見て頂きました。
初年度の映画鑑賞会はどの映画も大勢の方々に観てもらえたことに気をよくして、翌年度の1996年には、なるべく美術館に足を運んでもらおうと、映画鑑賞会を6回に増やしました。とは言え予算が増えたわけではありません。二本立てを1本にするなどして工夫をしました。しかし、「親子で楽しむ映画」では三谷幸喜脚本の「王様のレストラン」の基になったウォルター・マッソー、テータム・オニール主演の〈がんばれベアーズ〉(1976)を上映したもの、入場者数はわずか17名、「戦後の書・その一変奏 江口草玄」に合わせて実施した本田猪四郎監督、円谷英二特殊技術、伊福部昭音楽による第1作の〈ゴジラ〉も35名にとどまりました。〈ゴジラ-1.0〉が大ヒットしている今だったらもっと入ったかもしれませんね。それに対して前述の「実験映画」のヤン・シュヴァンクマイエル特集、この年から始まった「アートドキュメンタリー」の〈マネーマン〉はそれぞれ100名、80名と手堅い入場者がありました。
ヤン・シュヴァンクマイエルは今でこそ公立美術館で展覧会が実施されたり、DVDが販売されたりと、観るチャンスはいくらでもありますが、この当時、シュヴァンクマイエルの作品は東京国際ファンタスティック映画祭で〈アリス〉(1988)が紹介されていただけでしたから、短編映画とは言え7本がいっぺんに観られる機会はほとんどなかったと言えるでしょう。
また、「名作!!」では〈ローマの休日〉(1953)、「巨匠の名画」では〈雨月物語〉(1953)を取り上げました。奇しくも両方とも1953年度作品でしたが、古くても有名な作品を取り上げたこともあり、こちらにも170名、150名とそれぞれ大盛況でした。ウイリアム・ワイラー監督による〈ローマの休日〉はそれまでもテレビで何度も放映されてしましたが、モノクロ・スタンダードサイズの映画であっても大画面でみるオードリー・ヘップバーンは格別でした。本作の脚本でイアン・マクラーレン・ハンターがアカデミー賞を受賞していますが、実はダルトン・トランボとの共同脚本であったことがわかっています。ダルトン・トランボは赤狩りのためその当時ハリウッドから追われていたため、友人であったイアンの名前を借りたというのが真相のようです。
一方、小津、黒澤ときたら次は溝口健二だろうということで、その代表作〈雨月物語〉を上映しました。本作はヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を受賞したことで知られています。銀獅子賞はシルバープライズ、つまり第2位ということですが、実はこの年、第1位にあたる金獅子賞が該当無しだったため、実はグランプリといっても良いわけです。だったら金獅子賞をあげれば良いのにと思うところですが、この受賞がきっかけとなり、海外でも高く評価され欧米でも高く評価され、戦後日本の人々に希望をもたらしたといっても良いでしょう。まさに「巨匠の名画」に恥じない映画でした。
新潟県立万代島美術館・館長 藤田裕彦
「開館20周年を振り返る③〈ニュー・シネマ・パラダイス〉の想い出」後編につづく