学芸ノートB版 2022-8「累計200万人!」
万代島美術館は平成15(2003)年7月12日に企画展「絵画の現在」で開館しましたから、今夏の「和田誠展」の会期中に19歳の誕生日を迎え、20年目のサイクルに入りました。そして、現在開催中の「庵野秀明展」の会期中には、累計200万人目の来館者を迎えそうです。
令和3(2021)年度終了時点での来館者累計は1,924,258人で、今年度中に75,742人が足を運んでくだされば、開館20年目にして累計200万人を達成ということになります。20と200、数字のきりがよいので、ここで館の歴史を振り返り、これまでの企画展から「入場者数」で一番だったものを紹介してみましょう。
これまでに一番入場者数が多かった展覧会は、平成16(2004)年の「大英博物館の至宝展」です。開館1周年となる時期に開催されたこの展覧会は、「世界一周1万年の旅」というキャッチコピーのとおり、大英博物館の名品をとおして世界文化史をたどろうとする、非常に欲張った内容でした。東京、神戸、福岡と巡回各地で目を見張る動員実績を挙げ、最終会場だった新潟は夏休み時期にも重なり140,162人の入場者がありました。会期終盤に向けて入場者は増え、8月22日(日)には一日で7,274人まで伸び、そして最終日には何と9,588人もの方々が詰めかけたのでした。
「大英博展」では、大勢の来館者に備えて1階フロアに特設券売所を置かせていただく措置を取り、エレベーターも専有確保した上、更には帰りのお客様用に非常階段を開けていただきました。が、最終日のビル1階は、チケット購入者の列とエレベーター待ちの行列で埋まった上に、5階の美術館フロアでも、エレベーターを降りた来場者の列がチケットカウンターから展示室入口へと連なり、そして会場を切れ間なく巡って出口から出た後もロビーまで繋がって非常階段へと続いていきました。
一日で9,588人というのは、一日当たりの入場者数の最高記録で、20年を経た今なお破られてはいません。ですが、この数値はいわば瞬間風速のようなもので、会期中を均してみるとどうでしょうか。「大英博展」の開催日数は60日でしたので、2,336人となります。これでも十分驚異的ですが、実は、一日平均入場者数のベストワンは、この展覧会ではありません。
本文最初に、万代島美術館の開館日を記しましたが、それに先立って平成15年の黄金週間5月1日から5月5日まで、館施設そのものと新たな収蔵品のお披露目をしています。「プレオープン所蔵品展 いろ・かたち・さまざまな表現」がそれで、この展覧会には13,572人の入場者がありました。入場者数としては平凡ですが、一日平均換算では2,714人となり、所蔵品展でありながら、「大英博展」を抜いて堂々の歴代1位獲得となるのです。勿論、この数字の背景には、県民の皆様の新たな施設への強い期待や関心がありましたし、かつ入場無料で公開していたことも追い風でした。そうした点を割り引くと、但し書き付きの首位でしょうか。
因みに、万代島美術館の本館である近代美術館の入場者数歴代トップもお伝えしてみます。それは平成28(2016)年の「思い出のマーニー×種田陽平展/ジブリの大博覧会」で、会期中182,417人もの方々が来てくださいました。一日平均では2,806人。いずれも万美の「大英博展」を上回りますから、さすが万美より10歳年上の兄貴分、貫録です。しかしながら、この「ジブリ展」でさえ、一日平均では2位に甘んずることになります。近美の一日平均入場者数で第1位の座を占めているのは、平成22(2010)年開催の共催展で、3,183人を数えた「奈良の古寺と仏像―會津八一のうたにのせて―」(実質会期41日間、入場者数130,523人)でした。[「仏像展」の一日あたり最高入場者数は8,504人で第2位。第1位は9,027人だった平成23(2011)年の「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」。]
一日平均入場者数の観点から、ついでに申すと、「仏像展」をはるかに上回る記録がありました。それは、近美と万美の前身「新潟県美術博物館」の時代まで遡ります。「県美博」は、今から55年前の昭和42(1967)年11月23日に開館しています。先年の新潟地震(1964/6/16)からの復興を祈念して建設された新潟県民会館の中に設立されました。そこで開館1年目に開催された「国立西洋美術館所蔵 松方コレクション展」(1968/7/14- 8/4)が、不倒の記録を打ち立てているのです。
この展覧会は会期中には116,056 人の来場者がありました。この数字自体は、ここで触れてきた近美・万美の入場者数1位の展覧会と比べてさほど驚くものでもありません。ですが、会期を数えてみると、休館日がなかったとして22日間ですから、一日平均入場者数を算出してみると、これが5,275人になるのです!。会期中の月曜休館日が3日間あったとすれば更に数値は上がり、6,108人になります‼。[国立西洋美術館HPによると、「松方コレクション展」は1962年から77年までに全国21道府県で23回実施。新潟は12番目の会場ながら、入場者数では札幌、大分、名古屋に次ぐ第4位。休館日を考慮せず単純に一日平均を出してみても、大分、札幌、名古屋、久留米、岡山に次ぐ第6位。新潟の美術愛好者は待望の展覧会を熱く迎えたと言えましょう。]
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以上、「入場者数」を指標にして、歴代1位の展覧会を紹介してみました。実は、「入場者数」について語ることを、美術館職員は余り好みません。ことさら秘密にしたいわけではないのですが、展覧会を評価する一指標である「入場者数」だけが切り取られて、展覧会そのものの開催意義や内容・質の高さが見えなくなることを学芸員は一番に恐れているのです。一生懸命に語る言葉も、判り易い数字の力には敵いません。
「入場者数」は多くの方に支持された証であり、その意味で評価指数として機能しますが、新型コロナの影響により、以前のような影響力を失いつつあるように思えます。とは言え、「避密」を保持しながら、美術館を楽しみにして多くの方が来てくださるよう、努力や工夫を続けていかなければなりません。
これまでの「入場者数」は、実際に来館した方を数えたものでした。リアルな来訪者は、県外はもとより、近年新型コロナの影響で控えめではありますが、海外からも普通にやってきます。ただ闇雲にその数を伸ばしていこうとするのは、「避密」保持の観点から時代に逆行するものです。今やリアルとは別に、物理的な距離を超えて瞬時にやってくるインターネット上の来訪者の存在にも目を向ける必要が出てきています。そして、そのための環境づくりといった準備対応に注力することも、現在の美術館には求められているのです。インターネット環境における美術館の熟度を計る指標として位置付けるならば、この「入場者数」は有効であるように思えます。適切なカウントや分析の仕方が課題ではあるのですが。
もう一つ、端的に「入場者数」と言った場合に見落とされがちな重要な視点があります。それぞれの入場者の鑑賞体験や美術館体験に配慮することです。より多くの方々に見ていただくことだけを考えていると、美術館を訪れて作品を前にした個々の来館者の心の中に生起するものを見失うことになります。果たして各自が満足のいく鑑賞体験を得られていたのかどうか、それを問う視座を見失いたくはありません。心を捉え、強く動かし、思い出に残るような展覧会や美術館体験を提供するには、どのようにしたらよいのか、どうしたらそれができるのか。またその実績や成果をどうやって客観的に検証するのか。数値化は極めて困難で、容易ならざる課題です。
周年で言えば、万美は来年度に20周年を迎えます。ということは、本館の近美は30周年となります。つまり、両館で合算すればこれまでに50年間、半世紀分の展覧会を開催してきたことになるわけです。これまでの数々の展覧会のうち、「入場者数」の視点でベストワンを紹介してみました。けれども、これらベストワンも館側から見た一つの評価軸によるものに過ぎません。美術館を訪れた方それぞれに、自分だけの基準による大切なベストワンの展覧会があることでしょう。次の10年間が過ぎたのちの振り返りで、皆様のベストワンが更新されるよう、様々な美術に触れる機会を用意し、豊かに広がる美術の世界へ道案内ができたらと思っています。
(館長(業務課長) 桐原 浩)