学芸ノートB版 2022-7 「「雲の神様」島倉二千六氏の背景画」

現在当館で開催中の「庵野秀明展」第3章「挑戦、或いは逃避」のコーナーでは、『キューティーハニー』(2004年)や『シン・ゴジラ』(2016年)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』及び『シン・エヴァンゲリオン劇場版』全4部作(2007-2021年)などの映画制作に関わる作品・資料を紹介しています。このコーナーの奥、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021年)関連の作品が展示されている壁面に、幅4メートルほどの、ひときわ大きな空の絵が展示されています。「どうしてここに空の絵?」と思われた方もいるかも知れません。実はこの作品、『シン・エヴァ』の中にちゃんと登場しているのです。映画をご覧になった方、思い当たりますか。

この絵の作者は島倉二千六(ふちむ)さん。特撮を中心とした実写映画の背景画(山や空などを実景に見えるように描いた絵)の第一人者で、新潟県水原町(現・阿賀野市)のご出身です。特に雲の表現において卓越した技量をお持ちであることから「雲の神様」とも称されています。実は筆者はこの展覧会を担当するまで、恥ずかしながら島倉さんのことを存じ上げませんでしたが、ちょうど昨年出版された作品集『特撮の空―島倉二千六、背景画の世界』のおかげで、島倉さんの業績、そして「背景画」の世界について少し知ることができました。

 

島倉さんは1940年生まれ。中学時代には木版画部に所属し、県の展覧会などにも入選を果たすほどの実力の持ち主だったそうです。17歳の頃、映画のスチールカメラマンをされていた兄の誘いで上京し、映画の背景画の仕事を始めました。1959年からは円谷英二率いる東宝特殊技術課に所属し(1982年に独立)、『ゴジラ』シリーズなどの背景画を担当。また、『ウルトラQ』(1966年)以降の「ウルトラマン」シリーズや、戦隊ヒーローシリーズなどのテレビ作品にも数多く参加されています。そのほか、作品集の巻末に掲載された「主要作品リスト」には、大林宣彦監督の『時をかける少女』(1983年)や、黒澤明監督の『夢』(1990年)、三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』(2008年)など、数々の名作のタイトルがずらり。新潟県立近代美術館で2013年に開催された企画展「館長庵野秀明 特撮博物館」の展示映像『巨神兵東京に現る』の背景画も島倉さんが手がけられたものでした。

 

屋外で撮影したものと見まちがうほどの自然な空から、実写では表現できない幻想的な空、宇宙空間まで、ありとあらゆる空を描き分けられる技術をお持ちであったからこそ、ジャンルを問わず様々な監督からの求めに応じられてきたのでしょう。

 

また、映画の背景画は、そのサイズも桁違いです。スタジオ撮影で使用される、布地や木製の壁に描いた背景のことを「ホリゾント」と呼びますが、時に高さ10メートル以上にもなるという巨大なホリゾントを、島倉さんは、離れて確認することなく、ほとんど足場を降りずに仕上げてしまうとのこと。限られた撮影スケジュール内に完成させるための、驚きの技術です。

 

さて、島倉さんの作品ですが、映画だけでなく、実は身近な博物館や展示施設でも観ることができます。例えば新潟市秋葉区にある「史跡古津八幡山 弥生の丘展示館」。紀元50年から250年頃の古津八幡山を再現した地形模型の背景は、島倉さんが描いたものです。遠くには弥彦山や角田山、平地には潟や湿原が広がる様子が見て取れます。目の前に立つと、秋の澄んだ空気の中、本当に丘の上に立って遠くを眺めているような気がしてくるから不思議です。写真ではなかなか伝わらないので、ぜひ実物をご覧になっていただきたいです。

 

 

このほか、新潟市歴史博物館(新潟市中央区)や越後出雲崎天領の里の時代館(新潟県三島郡出雲崎町)でも、島倉さんの作品を観ることができるそうです。お出かけの際は是非注目してみてください。

 

話は最初に戻ります。『シン・エヴァ』のどの場面に島倉さんの「空」が登場するのか、思い当たりましたか? 映画の終盤、エヴァ初号機と13号機が戦うシーンです。映画を見た方でしたら、どうして島倉さんの作品がこの場面に使われたのか、おおよその察しが付くでしょう。今でしたら動画配信サービスで、3月になればBlu-rayも発売されますので、見返して確認してはいかがでしょうか。

(専門学芸員 今井有)

■参考文献:『特撮の空―島倉二千六、背景画の世界』(2021年 ホビージャパン発行)

 

新潟市歴史博物館 みなとぴあ「収穫の様子」の展示