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【学芸ノートB版】2025-3 書籍紹介:駒村吉重著『命はフカにくれてやる 田畑あきら子のしろい絵』 

昨年、当館所蔵作家である田畑あきら子の評伝が、岩波書店から刊行されました。著者の駒村吉重さんは、版画家・藤巻義夫の評伝『君は隅田川に消えたのか――藤巻義夫と版画の虚実』(講談社、2011年)などで知られるノンフィクション作家です。この藤巻義夫をめぐって、田畑が知られるきっかけとなった『芸術新潮』の連載「気まぐれ美術館」の洲之内徹と、1970年代に田畑の遺作展をいちはやく開いた画廊主・大谷芳久とのからまる「奇妙な糸」が、本書にも詳しく語られており、おそらく著者が田畑の評伝を書くに至った経緯もここに端を発しているだろうことが推察できます。本書では、田畑が遺した詩や作品を引用しつつ、生前交流があった知人に加え、洲之内や大谷ら没後に田畑の作品を語り継いできた人々のエピソードを手繰るかたちで、田畑の短い生涯とその作品の行方を辿っていきます。

 


駒村吉重『命はフカにくれてやる 田畑あきら子のしろい絵』、岩波書店、2024年

新潟県西蒲原郡巻町(現新潟市西蒲区巻)に生まれた田畑あきら子は、大学進学を機に上京、卒業後は大学図書館で司書として働きながら、数度のグループ展と1度きりの個展を開き、生前はほとんど無名の画家として夭折しました。本書は、著者が、新潟県立近代美術館に展示された田畑の集大成とも言える「しろい絵」と対面するところから始まります。小さなコレクション展示室に2時間半も滞在したといいながら、そこで語られる感想は「なにもわからないのです」。これは、著者の駒村さんに限らず、田畑の作品を前にたびたび耳にする声でもあります。このわからなさゆえに、著者は田畑が遺した詩や手紙を読み解き、関係者への取材を通して、田畑に近づこうとするのでしょう。没後間もなく刊行された遺稿集にある友人らの追悼文や洲之内のエッセイ等から断片的に伝わる生前のエピソードが、著者による新たな取材によって、田畑が遺した手紙や詩と関連づけられ、繋げられていきます。没後50年以上を経たからこそ明かされただろう話もあり、芸術に情熱を傾ける一人の若手作家の姿が浮び上がります。

 


新潟県立近代美術館コレクション展「田畑あきら子 火だるまのなかの白い道」展示風景(2021)

 

さらに、本書では、没後の作品の行方についても、かなりの紙幅が割かれていることが特徴です。著者が評価を決定づける「ターニングポイントをさがせない」というように、田畑につきまとうわからなさは、没後の評価をめぐっても当てはまります。田畑の作品は50年以上もの長い間「ふっと水面にあがっては沈み、また浮きあがって」くるものでした。冒頭に挙げた洲之内や大谷は、生前の田畑と接点があったわけではなく、まさに偶然知るところとなった遺作をすくい上げてきた人々です。作品に突き動かされるように、なんとか展示すべく駆けまわった人々の存在があったからこそ、こうして私たちがいま作品を目にすることができるのだということが、本書を通してあらためてよくわかります。本書の刊行後、いくつかの書評がだされましたが、画家の諏訪敦さんが、このことを指して、「誰にも顧みられず、参照もされなくなったときに、芸術家は真正に死を迎えるのかもしれない。」と記されていたことも、印象的です。

 

さて、著者は取材の過程でもたらされたある作品をきっかけに、田畑の実像に一気に接近します。仏教の言葉が田畑の思索のよりどころの一つになっていたことを手がかりにして、田畑に語りかけるように、彼女の内奥に迫っていきます。面識を持たない著者が、作品を通して田畑と距離を縮めていく展開こそ、本書の核心でしょう。これは田畑の評伝であり、田畑と著者の物語でもあるようです。

 

新潟県立万代島美術館では、この秋、田畑あきら子展を開催します。展覧会をご覧になる前に、ぜひ本書で田畑の生きざまを知っていただきたいと思います。展覧会には、しろい絵をはじめ、ドローイング、田畑が書き残したメモなども展示する予定です。本書の著者同様、田畑の思索に触れ、作品の向こうに、芸術にあこがれた作家の姿を見つけてください。

(新潟県立万代島美術館・主任学芸員 松本奈穂子)

 

◆企画展「田畑あきら子展」
11月22日(土)~1月12日(月・祝)
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