【学芸ノートB版】2025-1 junaida作品《WHO MADE WHO》の彼方に① ~junaida exhibition IMAGINARIUM に寄せて
junaida 《WHO MADE WHO》2022
junaida展「IMAGINARIUM」の会場に入ると、まず、作品キャプションや解説パネル等が極端に少ないことに気づかれるでしょう。今回の展示では展覧会を見に来られる方々に対する、junaidaさんの明確な想いが反映されているからです。タイトルとか説明無しに、まず作品だけを見て欲しいという、そんな自然な気持ちからではないでしょうか。
何故、言葉が余計なのか、本当のところはわかりません。でもひょっとしたら、それは「マジックが消えてしまう」から、なのかもしれません。
これは映画監督スタンリー・キューブリックが「2001年宇宙の旅」(1968)の完成間近に発した言葉です。本作では本来、状況を説明するナレーションや科学者や宗教学者によるインタビューがつくはずでした*1。しかし、キューブリック監督はそれらの音声や映像を独断でカットしてしまったのです。その理由を問われたキューブリック監督はただ一言「マジックが消えてしまうから」と答えたそうです。映像作品においては物語性など二の次だったのかもしれません。事実、「この映画は言葉によらない視覚的体験で、それ以外の補足は必要ない」とも答えているのですから。
その後、モダンホラーの第一人者スティーヴン・キング原作による「シャイニング」(1980)をキューブリック監督・脚本(共著)で映画化します。当初はホラーの帝王と異名持つ作家と鬼才監督の組み合わせということもあって、期待の大きい作品でしたが、その結果は賛否両論でした。特に原作者のスティーヴン・キングは本作を「エンジンを積んでいない豪華なキャデラック」と批判しています。キングの批判もよくわかります。なにしろ本書の肝にあたる部分が見事に排除されているのですから。本作を高校生の時に観た時、確かに物語としての完成度は後退しているものの、縦横無尽に動き回るカメラの映像の凄さ、画面の迫力はそれを補ってあまりあるものという感想でした。今から考えると鬼才それぞれが目指している方向が異なっていただけなのではという印象です。
さて、前置きが長くなりましたが、このStephen KingとThe Shining Stanley Kubrickという名が書籍の形で展示されている作品が、本展の最後のコーナーに展示されている、本棚をモチーフにしたインスタレーション《WHO MADE WHO》です。本来の表記であればThe Shining Stephen KingとStanley Kubrickになるはずですが、逆になっているのは、おそらくjunaidaさんも映画「シャイニング」が好きだからなのではと思います。つまり、この《WHO MADE WHO》は、「誰かが誰かを作った」という直訳の通り、junaidaさんは、この本棚に並べられている書籍、全部で100冊以上ありますが、その名称となっているアーティストや映画、漫画家と言ったクリエイターが大好きで、影響や刺激を受けてきたんだよという、junaidaさんからのメッセージのようにも受け取れます。だから、書名を眺めつつ、それぞれの作品やアーティストについて思い起こしてみると、少しだけjunaidaさんの制作の秘密に近づけるような気がします。
ということで、書名にある方々を少しだけ紹介しましょう。私の世代では、まず、1970年代後半から1980年代前半に活躍し始めた映画監督やその作品がひっかかってきます。フランシス・フォード・コッポラ「ゴッドファーザー」やジョージ・ルーカス、オリジナル「STAR WARS」トリロジー、スティーヴン・スピルバーグ「E.T.」、リチャード・ドナー「グーニーズ」、ロバート・ゼメキス「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、ジェームズ・キャメロン「ターミネーター2」等、どれも大ヒットした映画です。
アメリカ映画は1960年代末からベトナム戦争を背景に、若い世代のクリエイターがハリウッドに進出し、所謂、「アメリカン・ニューシネマ」*2と言われる一連の作品が次々といろいろな映画会社から発表されるようになります。これらの映画に共通しているのは、現実のアメリカ社会を投影したハッピーエンドではない映画ばかりでした。しかし、ベトナム戦争で疲弊したアメリカ国民は砂糖をまぶしたような、まるで夢物語のような古いハリウッド映画よりも、社会の暗部をあからさまに描いた「アメリカン・ニューシネマ」を歓迎したのです。しかし、どんなものでも終わりがあります。1970年代に入り、やがて、敗北者の姿なんかもうたくさんという機運が高まってくると、さらに若いクリエイターたちが登場し大ヒット作を生み出していきます。その嚆矢がフランシス・フォード・コッポラ監督作品の「ゴッドファーザー」であり、スティーヴン・スピルバーグ監督作品「JAWS/ジョーズ」であり、シルベスター・スタローン脚本主演の「ロッキー」(1986)でした。
そして、「アメリカン・ニューシネマ」を完全に払拭した作品が1977年に公開されたジョージ・ルーカス監督脚本作品「STAR WARS」とスティーヴン・スピルバーグ監督脚本作品「未知との遭遇」でした。本作以降、アメリカ映画は再び明るさを取り戻していくことになるのですが、junaidaさんが選んだ監督及び作品は、まさにこの時代を象徴する作品ばかりであり、思わず納得してしまいます。「STAR WARS」や「E.T.」、「グーニーズ」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など、まさにjunaidaさんの世界観の延長線上にあるような、そんな気がするのです。
(新潟県立万代島美術館・専門学芸員 藤田裕彦)
*1 町山智浩『〈映画の見方〉がわかる本』2002 洋泉社 pp16-20
*2 嚆矢となった作品として「俺たちに明日はない」(1968、ワーナー)、「真夜中のカーボーイ」(1969、ユナイト)、「明日に向かって撃て!」(1970、20世紀FOX)、「イージーライダー」(1970、コロンビア)作品があり、映画会社も多岐に渡っている。尚、junaidaさんの書名の中にDog Day Afternoon directed Sydney Lumetとの記載がある。これはシドニー・ルメット監督作品「狼たちの午後」のことで、本作はアメリカン・ニューシネマに含まれる。
(左) junaida展チラシ (右)《WHO MADE WHO》拡大