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学芸ノートB版 2023-2「2021年度新収蔵 久保田成子の映像作品「ブロークン・ダイアリー」シリーズ」

新潟県立近代美術館では2021年に企画展「Viva Video! 久保田成子展」を開催し、久保田成子の初期から晩年までの作品をご紹介しました。中でも、彼女の代表作とされるヴィデオ彫刻14点を出品できたことは大変幸運なことでした。そのうち3点が国内の美術館の所蔵作品でしたが、残る11点はアメリカの久保田成子ヴィデオ・アート財団から借用した作品でした。新潟から大阪、東京へと巡回した後、作品はアメリカへと戻っていきましたが、昨年度、巡回館であった東京都現代美術館がそのうちの1点《デュシャンピアナ:マルセル・デュシャンの墓》(1972-75年)を購入、収蔵することになりました。国内で1点でも多くの作品が収蔵・展示され、多くの方の目に触れる機会が増えることは、担当者として何よりもの喜びです。

展覧会開催後、当館でも新潟県出身の国際的アーティストの代表作としてヴィデオ彫刻を1点でも収蔵したかったのですが、20年近く収集予算がゼロの当館にとっては夢のまた夢の話でした。そこで、せめて彼女のヴィデオ・アーティストとして一面を紹介できる作品をと考え、シングル・チャンネル・ヴィデオ(1つのチャンネルによる映像)を収集することを考えました。その結果、美術館友の会からのギフトとして、《ブロークン・ダイアリー:私のお父さん》(1973-75年)と《ブロークン・ダイアリー:ソーホー・ソープ/雨の被害》(1985年)の2点の映像作品を新収蔵することが叶ったのです。

ここでは、昨年春の近代美術館の「コレクション展 第1期」でも早速お披露目した、これら2点の作品についてご紹介します。

 

1964年に渡米した久保田成子ですが、当初はフルクサスのメンバーとして、マルチプルやパフォーマンスによる表現活動を行っていました。その後、生涯のパートナーとなるナムジュン・パイクとの共同生活の中で、彼が使用していたヴィデオというメディアに次第に興味を持ち始めます。1960年代後半にソニーから携帯用ヴィデオカメラ・レコーダー「ポータパック」が発売されると、自らもヴィデオを撮影し、作品を発表するようになりました。
彼女の最初のヴィデオ作品とされるのが《カリフォルニアの一日》(1970年)ですが、当時発表された記録が残っているだけで、作品自体は公には残されていません。(註)その後、1985年までの15年間に制作した12のヴィデオ作品を久保田は一つのシリーズと位置づけ、「ブロークン・ダイアリー」と名付けました。今回収蔵した2作品はいずれも同シリーズに含まれますが、1点は初期のもの、もう1点はシリーズ最終作にあたります。

《私のお父さん》はタイトルの通り、自らの父親をテーマとした作品で、1973年の暮れに帰省した際に闘病する父の姿をカメラに収めました。多くの日本人が大晦日の夜に見るテレビの歌番組をつけながら、たわいもない会話をする父と娘。かつてお酒が好きだった父が果物ジュースをちびちびと飲む姿は、娘にとっては痛々しい姿であったに違いありません。翌年の夏にアメリカで父の訃報を知った久保田は、最後に撮った父の姿と、その映像を見ながら涙を流す自分の姿をともに映像に収め、父への思いを作品に昇華したのでした。

《ブロークン・ダイアリー:私のお父さん》(1973-75年)
Courtesy of Shigeko Kubota Video Art Foundation ⓒEstate of Shigeko Kubota

シリーズ最後の作品となった《ソーホー・ソープ/雨の被害》は、1985年にパイクと暮らす住居兼スタジオのロフトで実際に起こった台風による雨漏り被害の様子と、その後の顛末が題材となっています。アーティストの社会的地位の低さやヴィデオ・アートに対する認知度の低さといった彼らにとって深刻な問題を扱いながらも、ユーモアや悲哀を感じさせる作品です。

《ブロークン・ダイアリー:ソーホー・ソープ/雨の被害》(1985年)
Courtesy of Shigeko Kubota Video Art Foundation ⓒEstate of Shigeko Kubota

いずれの作品も「ブロークン・ダイアリー」という名の通り、作家の日常生活で起きた出来事を日記のように綴った映像が素材であり、このような表現にはジョナス・メカスの「日記映画」に代表される1960-70年代の実験映画の影響が色濃く反映されています。

1975年に初めてヴィデオ彫刻を発表する久保田成子ですが、彼女の映像作品はそれらに先立ちヴィデオという分野に足を踏み入れるきっかけとなっただけでなく、独自の「ヴィデオ日記」を確立した表現といえます。そのことから、これらのシングル・チャンネル・ヴィデオは久保田成子の芸術を語る上で欠かせない作品であり、当館での収集の意義は大きいといえるでしょう。本作に続き、彼女のヴィデオ彫刻が収蔵される日が遠くないことを願いつつ、今後も調査研究を続けていきたいと思います。

(専門学芸員 濱田真由美)

 

(註) 同作と思われる映像が久保田成子ヴィデオ・アート財団のアーカイヴには残されており、公開のための復元作業をEAI(Electronic Arts Intermix)と共同で行っているようである。

 

[参考文献]
『Viva Video! 久保田成子』(展覧会図録)河出書房新社、2021年。