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B.island(新潟県立万代島美術館ニュース)第20号-3  2019年度新収蔵 板谷波山《青磁竹節香炉》のご紹介 その1

―はじめに―

遠い昔の学生時代、日本美術史ゼミに所属していました。大半の学生が中世~近世絵画をテーマに発表をする中、絵画というジャンルがどうもしっくりこなかった私は近世の陶磁器やガラス、日本建築に用いられる釘隠しや引手、能面、はたまた近代の百貨店文化など、今思い返すとあきれるほど脈絡のない発表を続けていました。特定の作家に強く思い入れることのなかった当時、唯一気になっていたのが陶芸家の板谷波山(いたや・はざん1872~1963)です。作品のやわらかな色彩、可憐な文様、端正な器形にまず心をひかれましたが、それ以上に、一目で波山作品とわかる特徴を持ちながらも決して作者の個性や心情をこちらに押しつけない、その品の良さと静かなたたずまいが好ましかったのです。

一昨年、波山の作品が県立美術館に初収蔵となりました。収集を担当するにあたり、久しぶりに波山と再会したような気持ちで関連書籍や資料に目を通しました。日本の陶芸史上、最重要作家の一人である波山と今回の収集作品について、そして、波山と新潟県の長岡とのつながりについてご報告します。

 

―板谷波山のこと―

まず、板谷波山という作家について簡単にご紹介しましょう。波山は明治5年、茨城県に生まれました。日本画家の横山大観と同郷で、大観より4つ下のほぼ同世代。東京美術学校にも同年の明治22年に入学しています(ただし大観は一期生、波山は二期生)。生家は商家でしたが、父親の趣味だった茶道を通じてやきものに関心を持ち、その道を志したといいます。波山の入学当時、まだ陶芸を学ぶ科のなかった東京美術学校では彫刻科に在席し、岡倉天心や高村光雲らの教えを受けました。明治27年の卒業制作は《木彫 元禄美人》で、その技術は波山作品の器面に施された優雅で繊細な彫文様に生かされています。職人として窯元や工房に弟子入りしたのではなく、美術学校卒という当時の陶芸家としては異色の経歴も、波山の作品とその独自性に大きく影響しています。

卒業後は明治29年から石川県工業学校の教諭として赴任。後に陶磁科を担当し、ここで本格的に陶芸の技術を研究します。その後、明治36年に東京へ戻り、東京高等工業学校での職を経て、作家一本で身を立てていく決意をしたのが大正2年、41歳の時でした。以降、薄いベールをまとったような美しい色彩の「葆光彩磁(ほこうさいじ)」を完成させた波山は展覧会でも数々の賞を受賞し、名実ともに陶芸界をリードする存在となりました。

昭和28年に陶芸家として初の文化勲章を受章し、平成14年には作品が近現代陶芸作品として初の重文指定を受けました(宮川香山作品と同時指定)。その後、平成18年には新潟市の敦井美術館所蔵の波山作品も重文指定を受けています。敦井美術館は国内でも有数の波山コレクション所蔵館であり、各年代の作品を網羅しています。波山作品は定期的に展示されますので、機会がありましたらぜひお出かけください。

 

―《青磁竹節香炉》のこと―

さて、このたび収蔵となった波山作品の題は《青磁竹節香炉》。「青磁」とは中国から伝わった技法による青緑色の磁器のこと。「竹節」は植物の竹の節。「香炉」は香を焚く器で、茶道具の一つでもあります。作品は底にかけてややすぼまった円筒形で、胴にぐるりと巡らされた突起は竹の節を模しています。器の表面全体に網のように入るヒビは「貫入(かんにゅう)」とよばれる文様で、器の見どころの一つとされます。三つ足で、高さは7.5㎝ほどの両手に収まるサイズ。木製の瀟洒な透かし彫りの蓋は波山の他作品にも多く使われています。すっきりと整った器形と、華美なところのない落ち着きのある風格は波山作品の特質をよく表しています。

作品を収集する際には、作者はもちろん、作品の制作年についての情報も必要になります。公募展出品以外の作品は制作年を特定することがなかなか難しいのですが、いったいこの作品はいつ頃作られたのでしょうか。本作と同型の香炉は東京の出光美術館や先述の敦井美術館をはじめ、いくつかの館に所蔵されています。各作品の制作年代は大正末から昭和半ばまでと幅があり、はっきりと制作年の判明している作品はほとんどありません。茶道具としての需要も多かったのでしょう、長い期間にわたり同型作品がいくつも作られたようです。これらの類似作品と比較すると、収集作品の胴に施された竹節の線にはわずかに柔らかさが感じられます。昭和に入って年数が経つと全体的に線のシャープな作品が増えていくことから、制作年代は大正末から昭和初期と考えられ、一連の竹節型香炉の中でも比較的早い時期の作品ではないかと推測されます。また、作品に付属する「共箱(ともばこ)」とよばれる箱も制作年代を特定する材料の一つとなります。本作では箱の蓋の表面に作品題と波山銘の両方が記されていることに加え、用いられている印の種類からも、おおよそこの時期の作と考えてよいことが裏付けられます。

 

ここで、「波山とはいっても、有名な絵付作品ではないのか」と思われた方へ。たしかに波山といえば、華やかな文様で彩られた作品がよく知られています。しかし一方で、文様の一切ない単色の作品も数多く残しており、その色調と器形の完成度は現在でも非常に高い評価を受けています。今回の収集作品が制作された大正後期~昭和初期は文様中心の作品から器の形そのものの美しさを追求する作品へと波山の作風が大きく変わった転換期にあたります。それにともなって青磁や白磁などの単色作品が増え、作られる器の種類には茶器が多く含まれるようになりました。独自の色絵技術を極めた波山が、更なる挑戦をはじめた重要なタイミングだったのです。そしてまさにこの頃、新潟県の長岡という地が波山と深い関わりを持っていました。次回、ご紹介いたします。

(主任学芸員 池田珠緒)

 

参考文献:

荒川正明『板谷波山の生涯―珠玉の陶芸―』河出書房新社2001年

『没後50年 板谷波山展』毎日新聞社2013年

 

板谷波山《青磁竹節香炉》/大正末~昭和初期/新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵